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生霊
429 本当にあった怖い名無し 04/09/23 02:02:25 ID:gnyEtgT1
京から、美濃・尾張の方面に下ろうとする身分卑しい男があった。まだ夜中の内から、
起き出して家を後にした。
歩いて行くと、四辻の大路に、青味がかった衣を着た女房が、裾を取って、
ただ一人で立っている。
男は、(一体あの女はどういう女だろう。こんな夜中にまさか一人で立っているはずがない、
男の連れがあるのだろう)と思って、そのまま通り過ぎようとすると、

「もし、そこをお通りのお方はどちらへいらっしゃるのですか」

と女が問いかける。





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男が「美濃尾張の方へ下る者です」と答えると、

「それはお急ぎの事でしょう…お急ぎとは存じますが、申し上げたい事があります。
 ちょっとばかり、お立ち止まり下さい」

と言うので、男が「何事でしょうか」と言って立ち止まると、女は

「この辺りにある、民部大夫某という人の家はどちらでございましょう。
 そこに行こうと思っておりますが、道に迷ってしまいました。
 私を、そこへ連れて行っては下さいませんか」

と言った。

男はしぶしぶ、女を連れて歩き出したが、女はというと、

「ほんとに嬉しいこと」

と言いながら随いてくる。その様子が、どうにも薄気味悪いように思われるが、
ただ、何でもないことだだろうと思って、言われた民部大夫の門まで送り届けると、女は

「急いでお出かけのところ、わざわざ引き返して、ここまで送って頂いて…
 返す返す嬉しく存じます。私は近江の某所に住む、某という者の娘でございます。
 東国へおいででしたら、その街道から近くでございますから、
 是非お立ち寄りになって下さいまし。
 色々申し上げたい事がございますので」

などと言ったかと思うと、今まで門の前に立っていたはずの女が、
不意にかき消え失せてしまった。

男は、(門が開いてでもいれば、門のうちに入ったとでも思いもしようが、
門は閉まったままだ。これは一体どうしたことだ)と考えると、髪の毛が太るように
恐ろしくなって、その場に突っ立ったまま足がすくんで動けなくなった。
すると、この家の内から、にわかに泣き騒ぐ声が聞こえてきた。


何事かと耳を澄まして聞き入ると、人が死んだ気配である。

(不思議な事だ)と思って、しばらくその辺をうろうろしている内に、夜も明けたので、
一つ、この事のわけを尋ねてみようと思った。夜がすっかり明けはなれてから、
その家に仕えている者で、ちょっと知っている人があったので、
その人を訪ね会って、今朝の様子を聞いてみた。
するとその人は、

「近江国においでになる女房が、生霊となって執り憑いたと言って、
 こちらの殿様がこの二、三日患っておられましたが…、
 今朝の明け方に、その生霊が現れた様子がある、などと仰っているうちに、
 急にお亡くなりになってしまわれた。
 してみると、生霊というのは、こんなにあらたかに人を取り殺すものなのでしょうか」
と語った。

それを聞くと、この男も何だか頭が痛くなってきた。
(女は礼を言ってはいたが、やはりその毒気に当てられたのだろう)と思い、
その日は旅立ちを止めて家に帰った。
その後、三日ばかりして東国へ下ったが、女の教えた辺りを通りかかった時、男は、
一つ、あの女が言った事を確かめてやろうと思って、尋ねて行くと、本当にそういう家があった。

立ち寄って、人を通じて、しかじかと来意を告げると、
確かにそういうことがあったはずだ、と言って呼び入れられ、
女は御簾越しに対面して

「この間の夜の喜びは永久に忘れる事ができません」

などと言って食事を出し、絹布などをくれるのだった。
男は恐ろしくてならなかったが、様々な品物などを貰って、やがて東国へ下った。
思うに、生霊と言うものは、ただ魂が乗り移ってすることかと思っていたが、
なんと、現に、その当人も自覚している事であったのだ。これは、かの民部大夫が
妻にしていた女房で、大夫が捨ててしまったものだから、恨みの一念から生霊となって
取り殺してしまったのだった。


されば、女の心は恐ろしいものだ、と語り伝えたとのことである。
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